開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第17回
分析天びん使用時の注意事項について(設置環境編)

シリーズ 『開発者の思い』 第17回
2012年03月30日

分析天びん使用時の注意事項について(設置環境編)

今回の開発者の思いでは、市場でのトラブルが多い分析天びんの設置場所についてお話します。また、次回以降では設置された分析天びんの取り扱い方法について、実際に天びんが使用される場面を考慮した、正確な計量方法について説明します。

分析天びんは感度が高いので、天びんの設置環境の影響を大きく受けます。また同じ理由から、計量作業者の天びんの取り扱い方法による影響も大きいことが知られています。 計量環境の評価方法については既に、計量環境評価ツール:AND-MEET※1の提案&市場対応により、天びん設置環境の評価から、計量環境改善への道筋を明確にすることが可能となっています。そこで、今回は設置環境一般についてまとめてみました。

※1
AND-MEET:第12回  BMシリーズの提案 その2 参照

昨年3/11の震災以降、東日本では地震が多い状態が続いています。特にマイクログラムまでの計量ができる分析天びんでは、地震だけでなく、人や台車、フォークリフトなどの移動による床の振動や、ドアの開閉による建屋の振動や部屋の圧力変化も検出することが知られています。

気象の影響としては台風や季節風、低気圧通過時の風圧による建屋の揺れが問題となり、特に高層階ではその影響が大きくなります。最近増えてきた免振構造を持つ建物では、揺れることを前提とした設計がなされており、風圧や地震による構造物の揺れが、長い場合は数日間続くことがあります。

このような場合には、パッシブ(受身な)AD1671などの除振台導入により、繰返し性の悪化が改善されることが確認されています。一方、光学測定機に利用されるエアサスペンション方式を利用したアクテイブ除振台は高価ですが、計量器に対しては振動源として働き悪い影響の出ることも判明しています。

天びんの管理者からは、分析天びんを設置する環境の許容スペックを聞かれることも多く、A&Dでは、①1日の温度変化Δ4℃以内(10~30℃の範囲にて)、かつ短時間での温度勾配Δ0.2℃/30分以内、②1日の湿度変化Δ10%以下、③1日の気圧変動Δ10hPa以下を推奨しています。特に①に記載した短時間での温度変化については、エアコンの制御による繰返しとなる微小な温度変化が、特に天びんのゼロ点表示を不安定にすることが判明しています。極端な例としては、環境省の環境大気常時監視マニュアル(通称:PM2.5)に規定される風のある環境下でも、天びんの周囲を覆う卓上風防(AD1672)を導入する事でマイクロ天びんのカタログスペックを満たすことができるなど、大きな改善効果が得られる事もデータから確認されています。※2

※2
第28回センシングフォーラム: 分析天びんの基本性能に関する考察(1,754KB) 参照

実例をあげて、天びんを設置すべき場所について説明します。Fig.1は弊社の開発・技術センター2階にあるセミナールームをモデル化した見取り図です。セミナールームは約10m四方、天井の中央付近にエアコンが複数台設置されています。部屋としてはやや広い研究室に相当しますが、エアコンや実験台の配置などは多くの研究室と似ています。

この図中の机に、No1~16の番号が振ってあります。セミナールーム(研究室)内のどの場所が、最も天びんの設置場所として適しているかについて、みなさん自身も考えて場所を選定してください。

セミナー室
Fig.1 天びんの設置場所検討図

天びんの設置場所は、まず天びんの性能に最大の影響がある温度変化の小さな場所を選定します。具体的には、①直射日光の当たらないところ、②エアコンの吹き出し口から遠い場所を選びます。次に、③壁側の部屋隅を選びます。部屋の中央部は建物としての強度が弱く、床が揺れ易い傾向にあります。一方、部屋の隅には構造材としての柱があることが多く、揺れ難い傾向にあります。また、部屋の温度を一定にコントロールしていたとしても、特に冬場では床や壁は室温より低温であることが多く、温度一定とは、温度分布が一定(熱の流量が一定)であることを意味しており、壁の向こうが外気となる壁面では、壁面近くの天びんは常に外気温変化を受け続ける可能性があります。同様な理由から、窓ガラス近くへの設置は厳禁です。そこで、可能であれば、④天びんを設置する壁面の反対側も部屋であることが望まれます。また、天びんの設置台には、⑤剛性と熱容量の大きな天びん台を利用し、壁や床からの熱や振動を遮断する為に、⑥天びん台は壁や隣の机から数センチ離して配置してください。部屋の中央部は人の動線が行き来する場合が多いので、人の移動が少ない、⑦行き止まりの場所を選びます。また、人の影響を低減する為、⑧出入り口ドアから遠い場所で、人の動作による振動が伝わらないように天びんの載っている机は、⑨計量作業のみを行なえる場所とします。天びんを置く壁側や部屋は、⑩大きな通りや重量物の移動ルートから遠く、⑪なるべく低層階であることも前提となります。

以上からFig.1では、日差しの影響が小さく、エアコンの吹き出し口や窓から遠く、人の動線と出入り口から遠く、かつ柱などの構造材の配置された場所に近いNo3、または、No2が、最もこの部屋で天びんを置くのにふさわしい場所になると判断されます。問題点としては、No3では壁の外は屋外となること、また壁が通路に面していることがありますが、通路は人のみが通行するので支障にはならないと考えます。

天びんの設置環境に関しては、上記が一般論となりますが、研究室に熱処理炉がある、昼間は人の出入りが激しいなど、個別の問題がある場合も多く、最終的には個々の天びんの設置現場でAND-MEETを実施して、その場所の環境評価を行い、問題点を明確化し、具体的な対策を行なうべきであると考えられます。

以上をまとめると天びんの設置環境へ要求される内容は次のようになります。

  • 特に室温が安定するよう配慮し、かつ温度変化の影響を低減するため、エアコンの吹き出し口近くには天びんを設置しない。やむをえない場合は、卓上風防やパーテーシ ョンなどを利用して直接の風を遮る。
  • 直射日光の当たる場所、人の動線上及び付近に第三者の作業者がいない場所を選んで天びんを設置する。振動の影響を低減するために、広いフロアの中心付近は避けて、建物の柱に近い場所を選んで設置する。この時、建物の振動や熱が天びん台に伝わらないように、天びん台は壁や柱から数センチ離して配置する。
  • 振動の影響を低減する為、重量物の搬送ラインからはできるだけ遠い場所に置く。
  • 低気圧の通過時には建物が揺れるので、なるべく低層階に天びんを配置する。また、 地震や振動による建屋の揺れによる影響を低減する為に除振台を設置する。

天びんのマイコン利用による電子化が始まってから、既に40年程度の歳月を経ていま す。この間デジタル化が進み、だれにでも簡単に使える機器として天びんは認識されるに至っています。しかし、現在、分析天びんの分解能は2000万分の1以上に達しており、正確な計量を行なうには、それなりの準備とスキルが必要になります。特に天びんの設置については、多くの注意点を考慮する必要があり、あるべき環境を理解され、計量器の設置環境整備がなされ、より安定した計量作業の一助となることを望んでいます。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)