開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第16回
新しい分析天びん HR-AZ/Aシリーズの開発
新しい分析天びん HR-AZ/Aシリーズの開発
新しい分析天びんHR-AZ/Aの開発を行い、2012年の1月から販売することになりました。今回はその分析天びんの開発について書く前に、分析天びんの定義から少しお話します。
計量器の業界では、計量器全般を"はかり"と呼びます。また"はかり"の中でも、質量センサ部に支点を持ち、被計量物を支点を介してバランスさせる機構を持つものを天びんと定義しています。計量器の中では、天びんと呼ばれる機種が最も小さな量(重さ)を計量できます。また、そのひょう量を最小表示で割った分解能が高く設定できるのも、支点を介して平衡させ、支点で支えられるビーム(棹)を元のバランス点まで戻せる機構を持つ通称:零位法と呼ばれる機能を持つためと理解されています。
天秤の中でも、汎用、分析用の分類があります。主に最小表示が1mgより重いものを汎用天びん、0.1mgより軽いものを分析天びんと呼んでいます。ちなみに、業界では最小表示をdig:デジットと表現して、分析天びんでは1dig = 0.1mgなどと表現しています。digはdigitの略で、指1本を意味しており、最小単位として指1本がそう呼ばれた慣習から、最小表示桁を表現しています。
一般的な分析天びんは皆さんご存知のように、ひょう量:200g、最小表示:0.1mgとなっています。これは、例えば製薬業界では漢方薬で10mg、西洋医薬でも1mgの最小表示で計量作業が行われている事から、天びんにはその一桁下となる0.1mgの性能が要求される歴史的な背景があります。
上記分析天びんを200g × 0.1mgと表現しますが、今この天秤の分解能について考えてみます。
200,000mg÷0.1mg=2,000,000=200万
つまり、この分析天びんの持つ分解能は200万分の1となります。計測機器の分解能は通常0.1~0.01%程度の性能となり、この時分解能は1万分の1となります。例えばメカニカルな接触式の、マイクロメータでも、その分解能は数十万分の1にすぎません。
分析天びんの高い分解能は長さに例えると理解できます。例えば、東京・大阪間の距離を 500kmとすると、200万分の1となる1digは
500km=500×1000m÷(200×10,000)=0.25m=25cm
となります。従ってこの天びんは、人の手のひらで親指から小指を伸ばした距離(約22cm)を最小表示として東京・大阪間を分割し測定できる能力を持つと言えます。
富士山の高さを例にすると3776m÷(200×10,000)=0.019m=1.9cmとなります。富士山の高さを親指1本の幅約 2cmにスライスし、そのスライスした1枚を検出する事が出来る能力を持つことになります。以上のような考察からも、分析天びんの最小表示桁を確定するのは容易ではないことが理解されます。
前置きが長くなりましたが、今回開発した分析天びんHR‐AZ/Aの開発に話を戻します。現HRシリーズは、以前にもお話したように20年近く前に開発した最初のトップローダー式分析天びん※1でした。その当時は分析天びんと言えば、後方に大きな質量センサを配置し、その前方にひょう量室を持ったものを指しました。この方式の天びんはメカニズムが大変大きい事から、熱容量が大きく、バランス力を発生させる磁気回路がパワフルで、テコ比が小さいなどの特徴があります。その結果、熱的な安定度が高く、高性能となるため、現在でも高精度な分析天びんとして高い評価を得ています。しかし、販売台数では約20年前に始まった、トップローダーと呼ばれる汎用天びん方式が、分析天びんでも主流となっています。
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- 開発者の思い 第8回
トップローダー方式の分析天びんの草分けとなったHRシリーズは、当時の競合他社製品がリタイアして既に長い年月を経た現在でも、市場で販売される超ロングセラー商品となっています。しかし、やはり歳月を経て液晶表示やデザインが新鮮さを失っているのも事実です。また、アジアを中心とした新興国市場では、分析天びんも価格競争が激しくなっており、定価の見直しや機能充実が、長年望まれていました。
このような背景から、長時間に及んだ開発が始まりました。質量センサからの新規開発には1億円単位のコストが発生しますので、既存のセンサを流用すべきと最初に思いました。流用であれば、時間的に見ても比較的容易に新製品が出来るとの安易な判断もありました。そこで、最後に開発した汎用天びん用質量センサ:C-SHS※2を利用した分析天びんの開発:1dig=0.1mgに着手しました。FZ/FX-i用に開発したC-SHSセンサは、スパンの安定度※3など優れた性能を有しており、私は短時間での性能出しが可能と思っていました。
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- 開発者の思い 第3回
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- 第25回センシングフォーラム :質量センサの高性能化と小型化(PDF 418KB)
しかし、いざ開発を始めると、0.1mgの再現性を出すのに大変苦労しました。今から振り返ると、センサを構成する機械部品の感度も、また過去に確立されていた汎用天びんレベルの電子回路にも技術のブレークスルーが必要な開発テーマであることに、気がついていませんでした。
延々と基本性能出しに時間を消費し、加工限界を超えた部品の加工方法を変更したり、電子部品の個々の特性によるバラツキを押さえる実験を繰り返すことになりました。繰返し行なった実験による確認作業や議論の末、なんとか製品化の目処が経ちました。しかし、販売できるまでには、開発着手から丸3年の時間を要してしまいました。
過去、多くの新製品を開発した経験があったのですが、開発チームに諦め気分が蔓延した中で、基本性能が見えてきたその時は、行き止まりと思われた長いトンネルの出口が見えた気分でした。
開発された新しい分析天びん:HR-AZ/Aシリーズでは、現HRのひょう量200gを250gに増やし、実質的な計量安定時間2秒という高速応答を達成しました。表示部には液晶の文字部を光らせる反転バックライト方式を採用し、暗い環境でも計量値がよく見える仕様としました。AZシリーズには、独自の方式を採用した信頼性の高い内蔵分銅装置を搭載し、また、標準で付属される風防は、清掃の容易さと、取り外して使用できる事を考慮してワンタッチ着脱方式を採用しました。また風防の構成部品すべてをオール樹脂製とし、その樹脂部品すべてに、静電気対策として耐久性のある制電コーテイングを施しました。このことで、分析天びんで最も多いトラブルとなる静電気への対策と、FDA/HACCP規格で管理される医薬・食品関係の生産ライン要求(ガラスフリー)を具体化しました。
この風防は、サイドドアを開けた時の天びん後方へのドア突出がないので、壁面に天びんの背面を密着させた設置ができるなど、配置上のメリットもあります。またワンタッチで風防を外せ、本体がコンパクトである事から、自動機のラインへの組み込み、隔離された特殊な空間内での計量時に配置しやすいメリットがあります。
開発には予想以上の時間を必要とした天びんとなりましたが、過去の分析天びんでは得られなかった、高いコストパーフォーマンス、シンプル&コンパクトで使い勝手の良い製品にまとめる事ができたと考えています。その結果、新しい分析天びんHR-AZ/Aシリーズが、分析天びんの使用者に多くの利便性を提供できる商品となり、また新しい分野での計量を創造できる新規市場開拓商品になると予想しています。