開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第8回
トップローダー方式を採用した分析天びんの開発

シリーズ 『開発者の思い』 第8回
2010年07月20日

トップローダー方式を採用した分析天びんの開発

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今回は17年前に開発した分析天びんHRシリーズについてまとめてみました。今回のキーワードは “トップローダー” と “新しい企画” です。

HRは汎用天秤と同じ構造を採用したA&Dで最初の分析天秤です。この製品開発が始まったのは約20年前の古い話となりますが、私がA&Dに入社した直後で、最初に失敗と成功を経験し、また色々と教訓を得た重要な新製品開発となりました。そこで、開発時の出来事として以下にまとめてみました。

天びん業界では最小表示が0.1mgより小さい天びんを分析天びんと呼んでいます。今では分析天びんのボリュームゾーンを獲得し、ある意味では主流となったトップローダー方式の分析天秤ですが、HRを開発した当時、トップローダー式分析天びんは、世に出たばかりでした。トップローダーとは、英語を和訳すると理解されますが、本体の最上面に皿が配置されている天びんを指し、多くは現在の上皿汎用天びんを指す業界用語となります。

私が入社した当時は、汎用天びんと分析天びんには明確な構造差があり、汎用天びんは既にトップローダー式がほとんどを占めていました。一方、分析天びんは前面にガラス風防を、また後方には大きな質量センサ部を配置し、後方のセンサ部から風防(秤量室)に延ばされた腕の先端に計量皿が配置されていました。当時は分析天びんと言えばこの形がすべてであり、業界では分析天びんはそのような形状の製品であると認識されていました。そのころはバブル終焉の時期にあたり、また私は中途入社直後で、初めて汎用天びんHXシリーズの開発を担当し製品化を終えたところでした。HXシリーズは多機能で、自分で作った有限要素法による磁場解析ソフトを利用して、磁気回路から新規設計した自信作でした。しかし、バブル仕様とそれに伴う高価格設定が災いして、高速応答が好評であった生産ライン用自動機の分野を除き、ほとんど売れませんでした。

売れる売れないは時代背景もあると割り切っていましたが、2年以上の時間と1億円近い開発実費をかけて製作した自信作が売れない事は大変残念でした。しかし、HXシリーズには秤量100g×最小表示0.1mgとなるHX-100があり、当時トップローダーで秤量が100gとなる分析天びん相当の商品は珍しい存在でした。シリーズ展開のなかでの1機種100g×0,1mgの製品があった事は、HXシリーズの完成度が高かった事を裏付けていました。そのような経過があり、手間暇かけて作った質量センサをベースにして、何とか売れる商品を作りたいと検討した結果、HX-100の延長線上で本格的な分析天びんを作ってはどうか?との考えに至りました。

旧来の分析天びんとトップローダー方式を比べると、センサ部を含む全材料費は旧来製品の半分程度であり、仮に標準的な分析天びんの仕様となる秤量200gで0.1mgの性能が出れば、その高いコストパフォーマンスからトップローダー式分析天びんは大変魅力的な商品になり得ると考えました。

そこで、HX-100をベースとした分析天びんを開発すべく、200g×0.1mgの基本性能確認実験を行いました。その結果は製品化の可能性ありと判断できるものでした。そこで新製品に関する営業との会議でこのデータを報告し、新製品の企画を提案しました。将来性のある内容であり会議で賛同が得られる事を疑いませんでした。 ところが社内の反応は私にとって意外なものでした。まず汎用天びんタイプのトップローダー方式で分析天びんができるはずは無い、いい加減な製品を作れば市場での評判を落とすだけである。分析天びんの形は決まっていて、トップローダー方式の分析天びんは顧客が受け入れない。などの意見が飛び交い、あげくの果てに、そのような開発は中止するよう指示されました。

不満はありましたが、反論するに足る経験も能力もなく、正式な会議で決まった事でしたので表向きは了解しました。しかし開発中止を納得したわけではありませんでしたので、それからも裏では実験を続けていました。その後、個人的には悶々とした状態が続いていましたが、しかし、しばらくすると情勢が一転しました。

その理由は、欧州の競合他社が業界の先頭を切って、トップローダー方式の分析天びんを低価格設定して日本市場に投入したのです。それ以降、トップローダー方式となる分析天びんの商品化に反対する人はいなくなりました。

その後比較的短時間で、A&Dとして初めてトップローダー方式となる分析天びん、HRシリーズを完成させ市場に投入しました。HRはそのコストパーフォーマンスの高さから次第に市場で認知されていきました。また、既に販売開始から20年近く経つ現在、当時の競合製品がすべて新機種となるなかで、年間数千台の販売実績を維持する長ロングセラーのヒット商品となりました。

長時間を経ても市場性がある事は、開発当時の性能、価格、仕様などの総合的性能が優れていた事を証明しており、ロングセラー商品となった事は開発冥利に尽きると感じています。その後HRをベースとしてトップローダー式で0.01mgの感度を出した、セミマイクロ天びんGRシリーズの開発を行い、また最近ではトップローダー方式で次の世代となる質量センサ:SHS/C-SHSにより、最小感度1マイクログラムとなる機器の商品化までを行い現在に至っています。

これらの製品開発の経過には最初となったHRシリーズ開発での経験が大きく関与したと思っています。良く言われている事ですが、会議で多くの人が賛成する企画案や技術提案は成功しないものです。それは、会議に出てくる多数の人は当然現状を良く知っている専門家であり、その判断基準になるのは現状だからです。この時、現状を変える新しい企画は業界の常識とは相容れないのが当たり前となる為、リファレンスを現状とすれば当然新しい企画案は奇異な物と映り反対されます。このような事例は会社の会議以外でもよくある事と言われています。

日本人に改革の意識を持つ人が減り、1億総評論家となってから長い時間が経ちました。その結果、社会に異質なものを許容する容量が減り、社会の閉塞感が増していると考えられます。話がやや大きくなりましたが、メーカーの開発者は改革者でなければ新しい商品を企画する事はできません。これからの若い技術者が信念を持ち、新しい商品を企画できる能力を日々の業務から学び育てて行けば、その結果として会社の業績も向上すると思います。また、その事により、最終的に停滞気味の日本経済や社会を改革できると考えます。

これからの社会を担う若い技術者のセンスと努力、またある意味での頑固一徹な個性的人間に今後の希望を託したいと思っています。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)