FFTアナライザ入門

第5章 実験モーダル解析

実験モーダル解析とは

構造体を加振すると振動スペクトルが計測されます。これは普通多くの共振ピークを持ち、機械を設計する際、この共振ピークをいかに抑えるかが重要な課題となります。それはこの共振ピークが、構造体の疲労破壊や故障の原因となるからです。
つまり、構造体はこの共振点において、大きな振幅を持つ振動が発生し、時として大きな被害をもたらします。
この共振点における振動モードは、以下のモーダルパラメータによって特徴づけられます。

固有振動数

減衰

振動モード

実験モーダル解析とは、測定された伝達関数(周波数応答関数)から、これらのモーダルパラメータを推定して、その構造体の振動特性を表す数学的モデルを作り上げることです。
さらに、構築された数学的モデルをもとに、「構造を変更した時の動特性」や「外力加振時の系の予測」をすることも含まれます。

実験モーダル解析の操作手順

実験モーダル解析の操作手順は、以下の8段階からなります。

(1)据付方法の選択
(2)加振方法の選択
(3)入力と応答の位置決定
(4)予備計測
(5)データ収集
(6)モーダルパラメータの推定
(7)モードシェープ表示
(8)モーダルモデルの検証

据付方法の選択

試験構造物の据付方法を選択します。一般的な据付方法は次のようになります。

フリー

構造物は通常柔らかいマウント上に浮かせるか、ゴムひもなどでつるして、理想的にはその支持系の固有振動数を実験対象物の最初の構造共振よりも量的に1オーダー低くなるようにします。

固定

構造物を非常に剛な境界条件で据え付けます。

実機状態

境界条件を通常の稼動状態で構造物が置かれるような実際の条件に、あるいはこれを模擬した条件にします。

加振方法の選択

加振方法と加振波形を選択します。構造物によって加振方法を決めることができます。その他の場合は、データの使い方によって加振方法が決まります。

たとえば、有限要素の検証や部分構造法などのように、定量的な使用のためにモーダルモデルを定義することが実験の目的である場合には、加振器による制御された精密な加振を行うことが必要になります。しかし、実験の目的がトラブルシューティングである場合には、打撃試験が最良の加振方法となることもあります。注目する周波数範囲にある構造物の重要なモ ードをすべて励振するように入力を選ばなくてはなりません。

インパルス加振

専用のハンマあるいは類似物による試験構造物の打撃を行います。
インパルスによる応答を計測して伝達関数を計算します。インパルスは、振幅が大きく減衰の小さい共振点を持つ構造物に対して良好に機能します。加振力に含まれる周波数成分は、様々な硬度のハンマチップを使ったり、ハンマに重りを付けたりして変化させることができます。

サインスイープ加振

加振の実行には加振器が用いられます。
入力を選択した周波数範囲にわたって、掃引することができます。この加振法は、試験構造物を動かすのに大きなエネルギが必要な時に役立ちます。入力は単一の周波数に集中します。注目する周波数範囲にわたって、指定の速度で周波数が移動します。

ランダム加振

加振の実行には加振器が用いられます。
選択した周波数範囲にわたってほぼ一様な加振成分を与えることができます。欠点は、エネルギが広い周波数範囲に分散することです。必要な周波数範囲のみにランダム信号が送ることができるようにバンドランダム信号を使用することで、エネルギの分散をある程度抑えることができます。もう一つの欠点として、共振振幅が非常に大きく減衰が小さい場合には向いていません。ランダム加振は、構造物の非線形性を線形化する傾向があります。このことは、ある部品に関する線形範囲で相関が求められるような有限要素の検証には有効です。

バーストランダム加振

加振の実行には加振器が用いられます。
1つのFFTデータフレーム長よりも短い持続時間を持つランダム信号です。振幅が大きく減衰の小さい共振を有する構造物に対しては、通常のランダム加振よりも良好な結果が得られます。

入力と応答の位置の決定

入力の位置はすべてのモードを励起できるように選ばなければなりません。 応答位置については、静止画像で適切に描画するのに十分な点で構造物を定義することが最初のステップです。
次に、試験構造物上の最高次の変形パターンを考えます。はじめに決めた形状点ではこのパターンを十分に定義できそうも無い場合には、モデルにもっと形状点を追加しなければなりません。これを空間的エリアジングと呼んでいます。

予備計測

予備計測は実験の有効性を高めるために必要です。

先ず、周波数範囲を注目する仮の範囲よりも2倍以上広く取り、駆動点伝達関数(加振点と応答点が同一の伝達関数)と加振信号のスペクトルを位置を変えていくつか収集します。伝達関数をいくつかプロットしてみてデータの視覚的な比較を行います。共振点の数とピークの先鋭度を見れば、通常は最高周波数をいくつにするかが決められます。また、候補にしている駆動点ですべてのモードを励起できているかも確認します。スペクトルからは、注目している周波数に十分にエネルギが注がれていることを確認します。

次に、平均回数やウインドウの使用・不使用を決定します。平均回数は、伝達関数やコヒーレンス関数を計測してそれらが落ち着く(変動しなくなる)回数を目安に決めます。ウインドウは、加振信号やフレームサイズ (時間窓内サンプル数)を調整してもリーケージエラーが発生する時に使用します。ランダム信号や同期の取れない外部信号を使用する場合には、ハニング窓を用いて不連続を無くす必要があります。

データ収集

データ収集は伝達関数を収集する順番を計画するところから始まります。これは、データ収集プロセスが長い時間に渡って行われるような場合には非常に重要です。データ保存時には、センサの位置番号と向きの情報も付加します。

モーダルパラメータの推定

測定されたデータを基に、共振周波数、減衰率、モードシェープを推定します。推定手法には、次のものがあります。

SDOF 法(1自由度法)

伝達関数中のピーク同士が周波数的に離れている場合、あるピーク付近のモードは一つのモードとしてみなす事ができます。そのような時には、SDOF法を用いることができます。
この手法は、計算が簡略なため、短時間で結果を求めることができます。コクアド法やピーク法はSDOF法になります。

MDOF 法(多自由度法)

伝達関数中のピーク同士が周波数的に隣接している場合でも使用できる手法です。
直交多項式法(周波数領域で演算)や複素指数法(時間領域で演算)はMDOF法になります。

モードシェープ表示

シェープデータが得られたら、定義されている構造物の形状データを用いてアニメーション表示することができます。この表示は、選択したモードに関する共振周波数に固有な振動のパターンを示しています。
シェイプのアニメーション表示を使って、データの質をチェックしたり、構造物の動的な特徴を理解することができます。
構造物がどのように振動するか、そしてこの振動がどの周波数で発生するかを評価することによって、振動問題のトラブルシューティングのアドバイスを得ることができます。共振周波数とそのときのモードシェイプは、有限要素モデルで計算されたものと比較することができるので、そのモデルが実際の構造物を記述しているか否かを評価する手段となります。

モーダルモデルの検証

モーダル実験は、その精度が保証されるまでは完了しません。この検証を遂行するための方法として、下記のものがあります。

1.パラメータテーブルからの伝達関数の合成(シンセシス)

合成法はモーダルモデルを検証する一般的な方法です。合成伝達関数を計測伝達関数と重ね書きしてピーク周波数、振幅、位相を比較します。この比較が何らかの基準を満たさない場合には、モーダルパラメータテーブルの再検討が必要です。

2.MAC表示による変形データの独自性の比較

モード信頼性検証(MAC)手法を使って、シェープデータを比較します。各共振点について計算されたシェープデータ間の関係を計算して、それらを関連マトリクスで表示します。このマトリクスの各値は、任意の2つのモード間の相関程度を表します。理想は、個々のモードが他の全てのモードに対して直交性を持つ(マトリクスの要素が、対角線を除いて全てゼロになる。)ことです。

その他の機能

市販のモーダル解析ソフトウェアには、他にも色々な機能がありますので、簡単に紹介します。

コリレーション

実験モーダル解析の結果と有限要素法で求めた結果の比較をMACやアニメーションを用いて行います。
また、実験モーダル解析から求めたモーダルパラメータを有限要素法側にアップデートすることもあります。

構造変更

実験モーダル解析の中での構造変更(質量、剛性、減衰)では、試験構造物に対する簡単な変更の効果を素早く評価するために用いられています。

外力応答

指定の外力による構造物の動的な応答をシミュレーションします。モデルに適用された外力応答から、任意の自由度での構造物の変位、速度、加速度または応答シェイプを計算できます。

実験における色々なエラー

計測時に起こりうるエラーの主なものとして、次のものが挙げられます。

計測期間内での試験構造物の変化

データ収集の際、試験対象物にその応答特性に変化が生じることがあります。1つの発生例としては、構造物上のネジやボルトのゆるみがあります。これは、レベルの高いランダムあるいはサインスイープ加振を用いる場合には注意が必要です。

センサの取付けエラー

センサの固定方法が充分でない場合には、外れてしまう問題が生じます。このような場合には、固定方法の見直しが必要になります。

外乱

典型的なものとしては、基礎の振動、音響ノイズ、ジョイントのがたなどがあります。これらの諸因によって、FFTアナライザによる伝達関数の取得では入力とは無関係な成分が含まれてしまいます。
外乱の有無の簡単なチェック方法は、コヒーレンス関数を利用することです。

リーケージエラー

このエラーを持つ伝達関数の場合は、共振点、あるいはその近くでコヒーレンス関数が低下します。対策としては、充分な長さのウインドウ関数を用いるかバーストランダムのような加振を用いることです。