開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第5回
音叉振動式粘度計SVシリーズの開発

シリーズ 『開発者の思い』 第5回
2010年05月24日

音叉振動式粘度計SVシリーズの開発

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音叉振動式粘度計とは聞きなれない名前だと思います。それもそのはずで、数ある粘度計の中で、音叉振動式は世界でA&D 1社が独自の技術を基に製作&販売しているからです。通常の研究室や実験室にある粘度計は細管式、回転式となります。また主に生産ライン用粘度計として振動式が複数社から出されていますが、この振動式粘度計は数キロHzとなる高周波回転往復運動を利用したものとなり、音叉式のように低周波での往復運動を利用した製品は他にはありません。

音叉は同一周波数で共振する現象を利用して音を出しますが、音叉を使った粘度計では音叉のように固有振動数で共振させる時に、振幅を一定にするのに必要な駆動力(電磁力)により粘度を測定しています。この方式は音叉構造の採用により高感度であるとも言えます。

約30Hzとなる比較的周波数の低いレンジで振動子を共振させる技術が難しく、理論は50年以上前に展開されていましたが、製品化はなされませんでした。しかし、約20年前にこの方式の粘度計がセメント会社により提案され、約15年前にその会社はA&Dと一緒になりました。しかしその時点で既に開発担当者は在席せず、技術の継承はできませんでした。

当時は製品としての完成度が低かったので測定できる粘度範囲が狭く、かつ高価な為、毎年10台程度しか売れていませんでした。その後社内他部署で5年程度の時間をかけて再開発を試みましたが製品を完成する事はできませんでした。そしてある日、社長が私の机に来て『振動式粘度計を君の部署で完成させて欲しい』と言われ、その時から自部門での粘度計開発が始まりました。

既に社内で5年以上の歳月が費やされ、製品は量産前の状態まで来ていました。しかし、製品完成前にそれまでの開発チームは離散していました。恐らく製品開発の重圧に耐え切れず開発メンバーが精神的にまいってしまったのではないかと推察されました。

それまでの負の遺産?として金型などはすべて完成しており、借り物競争のような状況となりました。結局、ケースなどの構造材以外の技術要素は、ほとんど新規開発が必要となりました。この時、自部門に電子天びんで養った技術があった事が幸いし、電子天びんに使う支点(板バネ)が流用でき、電磁駆動部についてもボイスコイルとしての要素は天びんの技術をそのまま流用することができました。特に問題となったのは電気部でしたが、ここでも電子天びんに利用する高分解能のA/D変換技術を応用して感度を高める事に成功しました。量産時に30±0.02Hzの共振点を出すなど生産上の苦労もありましたが、最終的には電子天びんの作り込み技術が生かされ、天びんの高精度と低価格が応用された新たな粘度計が完成しました。

目標設定された粘度の測定範囲は0.30~10,000mPa・sとなり、最小表示が0.01mPa・s、最大表示10000mPa・s、技術的に見た分解能は100万分の1となりました。過去にこのように分解能の高い粘度計は存在せず、また0.3という低粘度の感度を維持して、かつ簡単に安定して測れる粘度計もありませんでした。

粘度0.3を具体的に表現すると、水の粘度が20℃で約1.0mPa・sとなりますので、水の1/3の粘度となります。最も粘度の低い液体:アセトンがそのぐらいの粘度となり、高感度の実現がそれまで不可能であった低粘度の測定を可能にしたと言えます。

以上の開発過程を経て約6年前に新しい粘度計として音叉振動式粘度計:SVシリーズの販売を開始しました。当初、日本市場では汎用粘度計として新しい方式に対する懐疑的な意見が多く見られ、順調には売れませんでした。しかし、今までの粘度計では測定できなかった低粘度の測定、温度変化時の連続した粘度測定、液体が固体に変わる状態変化の連続測定など、既存製品では測定できず困っていた研究分野ではすぐに受け入れられました。

また、欧州などの海外市場では好評で、粒度分布測定機で有名なメーカーでは、ブラウン運動を決める基材の粘度測定方法として優れていると評価されると、すぐにSVがオプション設定されました。こうして次第に粘度計としての市民権を得ていきました。ここ数年では日本でも石油会社のオイル用粘度測定機器として推奨されるなど、粘度計の一角を占める製品として認めてもらう事ができる状況になってきています。

音叉振動式粘度計は既に粘度のJCSS規格に測定機器として記載されており、JIS規格化についても検討が始まっています。また、振動式粘度計で測定される物理量:粘度×密度についても、確立された動粘度、粘度に対する新しい概念として、静粘度と表現する事を提案しています。

私たちは過去に、日本発の技術が海外で先に花開く事を多々経験しています。今回の音叉振動式粘度計が日本を発祥とした独自技術から始まった事と、振動式による新たな物理量(静粘度)の測定が可能となった事を考慮し、まずは日本国内での規格作りを急ぐべきと思います。またその後は、日本からの新しい提案として、音叉振動式粘度計で測定できる内容について、アジア及び世界へ向けて積極的に情報発信していきたいと考えています。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)