開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第38回
『元素分析に使用するマイクロ天びんの扱い』

シリーズ 『開発者の思い』 第38回
2015年12月03日

『元素分析に使用するマイクロ天びんの扱い』

誘導結合プラズマ方式(ICP)を利用した元素分析の現場では、最小表示が1.0~0.1μgとなる通称ミクロ(マイクロ)天びんが使用されている。1μgとは、正確に1gの質量となる1円玉を、100万個の均一な破片に分割した1つに相当する質量となる。また、元素分析でミクロ天びんが利用される理由は、元素分析が定量分析となり、サンプル量が数ミリグラムと僅かな事があげられる。

私は自部門で開発した最小表示1dig=1μgとなるマイクロ(ミクロ)天びんの販売を始めた数年前から、初めて元素分析の現場に行く機会を得た。また、この元素分析を行う現場に行くたびに、毎回、色々な事を経験し知見を持つ様になった。それは、天びんの開発&生産現場では、常に基準分銅による天びん性能の検査を行っているが、元素分析の現場では、毎回未知の粉体試料を“はかり込み作業”を通して計量している事、それら計量物や計量環境の違いによって起こる、天びんとしての基本性能の差を認識した事だった。

A&Dでの天びんの性能試験は、①強固な基礎上に置かれた②剛性ある天びん台上に③除振台を載せ、その除振台上にマイクロ天びんを載せて、かつ④実験室内をパーテーションで区切った計量室において、⑤卓上風防でマイクロ天びんを覆い、エアコンなどのよる微風を排除し、パーテーション内の ⑥温度、湿度、気圧、振動&風速をモニターしながら行われている。当然、計量前には ⑦丸1晩以上の通電を行い、検査用分銅としては、基準分銅を利用する。そして、天びんへの最大の外乱となる人体からの発熱の影響を考慮して、天びんの風防内に手を入れない為、専用として開発した全長21cmとなる ⑧特別に長いピンセットを利用して、1g分銅での繰り返し性の確認が行われている。

以上のように計量環境への配慮を行うと、BM20(ひょう量22g×最小表示1μg)では人の操作による1g分銅での繰り返し性が、最高で1.2μgまで出る事が確認され、この繰り返し性能からは、最小計量値が、2.4mgに相当する計量が可能となる。

マイクロ天びんの使用現場での性能不良の原因は、一つには天びんの設置環境であり、その次に、ひょう量作業に因る事が明らかとなっている。設置環境については、室温や湿度、また気圧の高い低いが問題では無く、それらの状態変化が少ない事が重要となり、環境が不安定と言うことは例えば以下の内容となる。①エアコンを連続通電状態としても、わずかでもエアコンの風が当たる事により、人には感じられない0.1℃単位での室温のリップルが発生し、天びんの表示が不安定になる。また、風が無ければよいとの判断から、②計量開始直前にエアコンを切ることで、人には感じられない僅かな温度変化が起き、天びんの表示不安定を招く。などが確認されている。また、一般的に天びんによる計量作業は正確に、かつ俊敏に行うべきとされている。判断が難しい俊敏の意味するところは、天びんが受ける環境からの誤差要因を最低限とする事、具体的には ③ひょう量操作を短時間で済ませる事を意味している。つまり、秤量室のドア開放時間を減らし、できるだけ開口部を狭くし、秤量室内への外部空気の流入を防ぐ為に、短時間での操作が重要となる。この現象は冬場に暖かい部屋にいて、ドアや引き戸に隙間が空くと、隙間の広さと開放時間に比例して、冷気が部屋に侵入する体験から容易に類推できる。

その他、マイクロ天びんにとって最大の誤差要因となる操作者自身の影響については、体温や吐息の影響を極力天びんに伝えない努力が不可欠となる。①汗をかいているような状況下での計量を慎み、白衣などを着用し、人体からの熱の発散が大きいTシャツ姿での計量操作を行わない②ピンセット等を利用して、ひょう量室内へ指が入り熱的な干渉の発生することを防ぐ、などの基本操作が要求される。

エアコンの影響

上のグラフは、同じ場所に設置した同じマイクロ天びんの性能に対する、エアコンの影響をグラフ化したものとなる。横軸は時間で24時間、縦軸は赤線が室温変化、黒線は内蔵分銅20gの架け替えを繰り返し、得られた隣り合う計量値10データから標準偏差を求めたものとなる。各点が10データから求めた標準偏差を表している。左図では、温度変化は26~25℃と小さいが、1μgの繰り返し性は平均で5μg、8μgを超えたところも8ヶ所確認される。右図では、温度変化が1.8℃と大きいが、繰り返し性は平均で4μg以下、悪化しても最大で6μg以下と安定していることがわかる。

同じ天びんで確認された性能差の原因は、温度の細かいリップルとなる。温度のリップルとは、Fig.1の7/12日19:00以降に発生しているΔ0.1℃程度の温度のギザギザ変化となる。Fig.2では1日の温度変化は大きいが、温度のリップルが無く、ゆっくりした温度変化が確認されている。これは、天びんを覆う卓上風防:AD-1672を利用することで、エアコンによる微細な温度変化が無くなり、ゆっくりとした、相対的に大きな温度変化が起きた事を意味している。これらのデータは、1日単位で発生するような“ゆっくりした温度変化”には天びんが安定で、短時間で発生する微細な温度変化に弱い事、エアコンの風対策として、卓上風防の有効なことを示している。

台風の影響

Fig.3、4は、台風が通過した時に、2台のマイクロ天びんを利用して、同じ場所で同時に台風の影響をグラフ化したものとなる。2つのグラフは、除振台:AD-1671のあるなしによる差を表している。建物は台風の風を受けて、人には捉えられない建物の固有振動数で僅かに振動し、それがマイクロ天びんの繰り返し性を悪化させる。しかし、天びんの除振方法として実績のある、消極的な除振を行うパッシブ除振台を利用することで、建物の振動対策が可能な事を示している。ちなみに、より積極的な除振方法となるエアサスなど、アクティブ除振台については、わずかであっても天びんを揺らす事が前提となるので、天びんの表示がより不安定になる事が知られている。

以上のグラフから、それぞれの外乱を解析する必要性と、各外乱に対して個々に対策を行うことで、マイクロ天びんをより安定させて使用できる事が理解される。設置環境の目安としては、一日の温度変化Δ4℃以内、短時間の温度変化Δ0.2℃/30分以内、一日の湿度変化Δ10%以内&気圧変化Δ10hPa以内、振動や風は検出されない事が必要となる。

特に分析天びんの性能確認には、計量環境測定が重要となる背景から、世界で唯一となる温度、湿度、気圧、振動&風速と計量値を同時に測定&記録できる環境ロガー:AD1641を開発した。また、天びん性能と環境計測を24時間モニターし評価できる、天びん使用環境評価ツールとして『AND-MEET』を完成させた。Fig.1~4はその結果となり、これらの機器やツールをマイクロ天びんの実際の設置現場に設置し使用することで、各研究室におけるマイクロ天びんの設置環境評価と環境改善提案を行っている。確立された手法を導入することで、マイクロ天びんを安心して使ってもらう為の技術サポートが確立され、操作方法を除く環境評価&環境改善提案は完結した段階になっている。

残る計量操作について検討した結果、以下の対策を思いついた。元素分析で必要となる最小計量値は2mg前後となり、そのサンプリング時のはかり込み公差は、±0.2mg(±10%)程度で良いが、分析結果の有効桁を確保する為には、2mg±10μgの確定が必要となっている。通常石英や白金ボートに被検出サンプルを、3回まではかり込むが、そのすべての工程を最小表示1μgで計量する必要はない。そこで、まず ①ボート単体を計量室に十分放置し、温度を馴染ませ1μgまで計量し②ボートを含む被計量サンプルのはかり込みは0.1mg、または0.01mgレンジで行い③はかり込みを終えたボートと被計量サンプルを計量室に放置し馴染ませてから1μgレンジでの最終計量を行う。この方法を採用することで、μgレンジでの計量が不要な はかり込み作業時には大レンジで、また最初の風袋と最後の計量時には1μgでの計量を行い、計量値③-計量値①によりサンプル値を確定することを提案する。

この方法により1μgでの計量作業回数を半分に減らし、かつ0.1/0.01mgでの粗計量時には計量時間の短縮が可能となる。その結果ひょう量室の温度変化を減らし、安定した計量が可能になると判断される。提案した計量方法の前提として、風防内となる計量室内の状態変化を最小限とする為、風防のドア解放時間はできるだけ短くし、計量操作毎に風防ドアを閉める事は、重要な操作内容となる。

これらの方法を採用したとしても、BM20のカタログスペックとなる繰り返し性2.5μgから得られる最小計量値は、2.5μg×2000=5mgとなり、5mg以下のサンプル値確定には、dig=0.1μgとなるウルトラミクロ天びんが必要になる事が理解される。ところが、ウルトラミクロ天びんの設置に必要となる計量環境を実現するのは、大変難しいという問題がある。その結果、研究室を訪問すると、ホコリだらけとなったウルトラミクロ天びんが多数見受けられる。文書が長くなったので、この最小計量値とミクロ天びんの問題については、次回 第39回以降の開発者の思いに連載することとします。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)