開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第33回
『容量10mlのピペット及び充電スタンドの開発』

シリーズ 『開発者の思い』 第33回
2015年04月01日

『容量10mlのピペット及び充電スタンドの開発』

電動マイクロピペット MPAシリーズ 製品ページへ

今年の4月で、2年間かけて開発した電動ピペットMPAシリーズの販売を始めて、まる1年となりました。ピペットという新市場に新製品を投入したこの1年間は、私にとって挑戦の年でした。既存の量販ルートに任せていては、電動ピペットに批判的な市場にMPAを浸透させる事はできないとの判断から、開発製品を持って九州から北海道まで、また海外へと販売して歩きました。 

複数の開発テーマを進めながら、新分野への販売促進活動を行うのは負担となりましたが、唯一の救いは、自ら企画&計画した結果に対して自分が責任を取れば良いとの割り切りがあった事でした。電動ピペットに開発資源を投入した結果、計量器の開発が遅れた事は反省点となりました。

初年度は数百台のMPAしか販売できないのでは?と懸念していましたが、販売は当初の予想に反して好調に推移しています。電動ピペットが商品としてあるだけで、展示会での集客力を飛躍的に伸ばす事ができたのは想定外でした。実際の販売拡大はこれからとなりますが、MPAを持ち市場を回った結果、充電スタンドが必須である事、マルチチャンネルや10000μl(10ml)の要求が多い事も理解できました。

これらの情報を元にして、連結可能な1台用充電スタンドと4台用充電スタンドを同時に開発しました。また、何処にでもMPAをホールドできる充電ハンガーと、充電はできませんがピペットを置けるだけのハンガーも作りました。

その次の開発テーマとして10mlの製品化を優先しました。10mlの開発を急いだのは、①MPAシリーズの開発が既存のボリュームゾーンとなる、手動マニュアルピペットの置き換えを目的としていた事。②マニュアル操作による5ml/10mlのピペットでは、シリンダ径が大きく、ピストンの移動量も長くなり、大きな操作力が必要となり研究者にとって負担の大きな機器となっている事。が理由としてあげられます。

ピペットの容量を増やすには、ピストン径を大きくすれば良いのですが、既存のMPA‐1200用のピストンを大きくするだけでは、ピストンをシールするOリングの内径が大きくなり過ぎ、操作力がモータの出力を越えます。また。締め代の少ないOリングの内径を大きくすると空気の漏れる可能性が大きくなります。そこでピストン側にリップパッキン(断面がU字型で油空圧シリンダなどに多用されている要素)を新たに導入しました。この仕様決定には、過去に空圧機器メーカに在籍していた6年間の経験が有利に働きました。

MPA-10000と受電スタンド

人は色々な経験を積むことで融通が利くようになります。以下は私的な内容となり話が脱線しますが、私は大学の卒業研究の場所として、外部研究機関となる理化学研究所を選びました。当時、日本大学講師として理研の高松先生が講義を担当されており、その関係で理化学研究所の生体高分子物理研究室に入りました。その時の研究室の室長は、後に理化学研究所の理事になられた深田先生でした。私はフッ素樹脂:PVDFの圧電性の実験を担当しました。理研を選んだ理由は、世田谷の学校に比べ和光市は実家に近く、また当時、学校の体制を嫌っていた事もありました。大きな目標も無く理研にご厄介になり、勉強しない学生として迷惑をかけていました。

卒業研究も無事?まとまり、就職活動をする時に、高松先生からフッ素樹脂で血管を作っていたメーカを紹介していただきました。大企業の歯車では面白くないと思い、中堅企業への就職を希望していたこともあり、最初の入社試験があったその会社で、筆記と面接試験に合格しそのまま就職しました。

入社研修が終わって、いきなり岡山にある設立3年目の子会社に出向になりました。配属面接で、岡山赴任でもかまわないか?と聞かれ、問題ありませんと答えました。後で聞くと、20名の同期入社でOKと返事をしたのは赴任した2人だけだったことが判明しました。出向先に行って驚いたのは、山陽本線でありながら最寄駅には1時間に1本しか電車が来ない事でした。駅前には民家に毛の生えたような旅館が1件あるだけでした。初出勤の前夜に岡山から在来線に乗り換えると、車両には自分一人で、電車は真っ暗な中を走り続けました。30分を過ぎるとさすがに心細くなり、とんでもない所に来てしまったと思いました。旅館で待っていた同僚は、いつまでも旅館に来ないので、私が会社を辞めたと思ったそうです。また、『出雲さんはラーメンが好きだ』と会社で話題になった事があり、不思議に思っていると、ある人に朝食べる物が無い時にインスタントラーメンを食べた話をした事を思い出しました。田舎では口コミで何でも話がすぐに広がることを実体験しました。その出向先は登山ウエア用の防水&透湿素材を生産しており、毎朝 競合製品と自社製品を交互に着てランニングして、それぞれの蒸れについて報告書を作る事も行いました。

就職した年の12月に出向先を退職しました。良く考えずに就職し、赴任先についても頓着せず、仕事が面白くないので赴任後半年で退社するなど、今考えても身勝手極まりない新社会人だったと思います。紹介していただいた高松先生に退社の報告に行きました。研究室から毎年卒業生が入社試験を受けて、始めて受かったのに短時間で辞めてしまい、後輩の事も考えるようにと先生に叱られました。先生はどうしようもない教え子に、また別の会社を紹介しようとされました。しかし、2度目は辞められないと思い、新たな紹介は辞退しました。

その後、色々な会社の採用試験を受けましたが、入社半年で退職するような若者を採用してくれる会社は見つかりませんでした。その結果、休職状態が続き失業保険を受給される羽目になり、失業保険をもらった時、これに甘んじれば自分はダメになってしまうと焦り、まずは再就職する事を優先しました。

数か月後、日本で最初にディーゼルエンジンを作った新潟鉄工所の内燃機事業部の子会社に入社することができ、エンジンの設計部門に配属されました。2年間と短い間でしたが、この間、有限要素法などを利用した解析ツールを使用し、クランクケースや連接棒の強度解析を行いました。また産業界でPCが仕事に使われ始めた時期となり、本を読んで個人用として設置されたPCを使い、自ら有限要素法の理論を学びプログラムを組むなど、自発的かつ積極的に業務を進め、人生で一番勉強した時期となりました。

5000人を雇用し、独自の保険組合を持っていた新潟鉄工グループでしたが、私が退職してから10数年が過ぎてから会社は倒産しました。当時内燃機部門長であった村松氏が、最後の社長として倒産の会見を行うのをテレビで見ました。予想はしていましたが、歴史と資産を持つ大企業でも、利益が出ないといずれ倒産するという事を実感しました。その後、空圧機器メーカに6年間勤めました。この会社は機械系と電気系に担当者が分かれていました。その結果、空圧機器に使われる重要な要素となる、ゴムシールと電磁弁のソレノイド部の研究は担当者不在で進んでいませんでした。これらの要素が電気にも機械にも属さない、ニッチな分野だった事が原因でした。そこで、入社直後で、物理出身で専門分野の無い私が、両方の研究を担当することになりました。皆が嫌がった業務を、即承諾した時の上司の戸惑った顔を覚えています。

ゴムの知識を得る為、向島にあった化学品検査協会で行われていた『初級ゴム研修会』に出向き、ローラーを利用したゴム素材の混練作業を始めとする、数カ月間の実習を受けました。そして、ゴムの専門技術を習得し、自作した有限要素法のプログラムでゴムシールの変形解析を行いました。そしてその次に、独学で磁気回路についても勉強し、独自の磁場解析プログラムを作成し設計に応用しました。しばらくすると、この2分野で社内第一の技術者となっていました。この時、前職で身に着けていた技術が次の仕事に活かせる事を理解しました。

その後、A&Dに入社し、磁気回路の専門家として電磁平衡式天びんの開発を担当し、早くも26年が経ちました。色々な会社で、その環境に応じて好き嫌いなく与えられた仕事について前向きに対応し、結果として色々な技術内容を吸収できた事が力になったと思っています。技術分野を広げるという意味では、若いころにあっさり会社を辞めて、次々に新しい環境を経験できたことも結果的に良かったと思います。私の経験から、特に仕事に対するスキルを持たない若いころには、天職が見つかる確率はほとんどないと思っています。

その環境で目が出ないと判断されれば早めに諦め、新しい環境を探す。また考え方の間口を広げて、少しでも仕事に興味が湧けば、それを糸口にして努力する必要があると思います。青い鳥を探す永遠の旅に出るのではなく、与えられた環境で如何に目を出し、その仕事が天職と思えるように努力するかが重要と考えられます。

努力は、その時すぐには成果が出なくても、結果として自らの自信に繋がり、いずれ必ず報われると言う事を、仕事を通して学ぶ事ができたのは幸いでした。

MPA-10000の開発に話を戻します。

10000では定評のあるU字パッキンを採用し、ピストンの駆動力を低減し、かつシール性を向上させることに成功しました。また当初5mlと10mlの2機種の開発が必要との考えもありましたが、電動ピペットの高い基本性能を利用すれば、手動の2機種を1機種でも凌駕できる性能が出せると判断し、容量の大きな10mlとなる 1機種で5mlを含む2機種の性能を共用化させました。

MPA-10000は1回の吸引で最少容量100μを99回連続分注できますので、分析用のサンプルや試薬を多数作る時に威力を発揮します。大きな容量を手動ピペットで繰り返し分注されていて、手に負担を感じている研究者や検査担当者に、大変便利な機器として使っていただける製品になると思っています。

(第一設計開発本部 第5部出雲直人)