開発ストーリー・シリーズ「開発者の思い」:第19回
音叉振動式レオメータ:RV10000の開発
音叉振動式レオメータ:RV10000の開発
2012年9月に開催されたJASIS(旧分析展)において、音叉振動式レオメータを初めて市場公開しました。音叉振動式粘度計は以前にも書いたとおり、一昨年19年ぶりに改訂されたJISZ8803:粘度の測定方法に規格として編入され、また、既に粘度のJCSS校正対象機器としても認められています。 この粘度計を約8年前に販売開始したところ、振動式粘度計の『ずり速度』の数値を知りたい、また、ずり速度を変えた測定を行いたいとの要望が多数聞かれました。そこで、30Hzとなる振動子の固有振動数を変えずに、振動子の振幅を変えることで、新しいレオメータ:RV-10000の開発を進めました。
現在、レオメータと呼ばれる機器は回転式がほとんどを占めています。回転式は、回転数の変更により『ずり速度』の変化幅が大きく取れる、回転子の形状から、試料に加わる『ずり速度』が均一になるなどの特長があります。その一方で、回転に必要となるエネルギーが大きく、試料の状態が本来測りたかった測定前とは異なってしまう。低粘度の液体が回転による遠心力で何処かに行ってしまうなどの現象があり、繰り返し性の悪い問題もおきています。
振動式粘度計を利用して、ずり速度を変更可能としたレオメータでは、振動子の振幅変化によりずり速度を変化させています。振動数を変えることでも『ずり速度』を変更できますが、音叉振動式は鋭い共振現象を利用して感度を高めており、振動数を変えることは感度の低下を招いてしまうので、振幅を変化させることになりました。
この結果、サイン波で往復運動を行なう振動子の山と谷の最大変位は粘度計の0.4mmを中心に0.07mm~1.2mmの範囲となり、その時の『ずり速度』はニュートン流体を基本として約10/sec~1000/secになっているとの結果が得られました。
振動式粘度計の場合、往復回転運動を行なうレオメータと同様に、『ずり速度』は刻々と変化します。そこで時間当たりの変位量について1周期分を実効値で表したものと定義しています。また、振動式では『ずり速度』を定義する明確な相手面がありません。そこで、既知の粘度値が確定している水やJS標準液を利用して、その粘度値の得られた時の振動子駆動力を振動子接液面積で割り、『ずり応力』を求め、この『ずり応力』と規定された粘度値から計算し『ずり速度』を求めています。
私見となりますが、実は『ずり速度』は、幾何学的に相手面の確定するコーンプレート(E型)型回転粘度計についても、相手面との間に一定値のずり速度が維持されるとの保証は無いと考えています。つまり、液体を満たした空間に理論上一定のずり速度を加えても、被測定材料とプレート材質や材料の表面状態によっては、プレート材質と液体の界面で「すべり」や「付着」などが発生して、厚み方向への均一な層流が発生せず、リニアな『ずり速度』が加わらない場合もあると考えられます。まして非ニュートン流体では、測定される材料に起因する『ずり速度』に対する液体のノンリニア特性の他、『ずり速度』の減衰などが発生し、測定される粘度値に影響を及ぼしていると推測しています。
粘度の定義は平行な2枚の板の相対運動として明確ですが、それを実現するには板端面の問題や、板を実際に動かす方法の確立など理論展開においても、また実現する場合の問題も多々あります。このような問題は回転式においても遠心力の発生する外周部は液体がどのような挙動を示すのか?などの疑問を生んでいます。
音叉振動式粘度計とレオメータの『ずり速度』の考え方については、弊社のホームページにある技術資料や学会への報告を参考にしてください。
前置きが長くなりましたが、音叉振動式レオメータで『ずり速度』を変化させ色々な液体の粘度を測定した結果、面白いデータが得られています。それは、例えば、今話題となっているコーンスターチや片栗粉の水溶液(ダイラタント流体)の上を走ることのできる理由や、『ずり速度』が大きくなると粘度の低下するビンガム流体の挙動、ケチャップの容器を押すと、最初はケチャップが出にくく、流動後には出過ぎるチクソ性など、非ニュートン流体の挙動が容易に測れることが明らかとなりました。
詳細な説明はここでは行いませんが、具体的な測定データについては、以下の3図を参考にしてください。
図1では、コーンスターチ62%の水溶液の粘度が、ある振幅(ずり速度)から急激に上昇することが理解されます。また、図2からは保湿用クリームのビンガム流体としての特性が、図3からはトマトケチャップの流体としての特長が確認されます。
レオメータの開発についてですが、実は音叉振動式粘度計とレオメータには個人的な余談があります。今から32年前に私は大学の卒業研究で和光市にある理化学研究所の「生体高分子物理研究室」に1年と少しお世話になりました。その時の研究室室長が、後に理研の理事長となられた深田栄一先生でした。当時の私は一年を通した登山に夢中で、学業に精を出さず、今思い出しても恥ずかしいぐらい勉強しない学生でした。その後数回転職してA&Dに入社しました。入社後15年程度は「電子天びん」や「はかり」の開発を行い、その後、音叉振動式粘度計の開発を担当し、そして今回レオメータに展開しました。
このレオメータの開発では、技術的な相談を目的に、約30年ぶりで、理研でお世話になった、現在は(財)小林理研に所属される伊達宗宏先生、深田栄一先生、古川猛夫先生の三氏を訪ねました。その時、深田先生が、私も随分前に振動粘度計の試作をしたとの話しをされました。初めて聞くお話でしたので、その場では半信半疑でした。しばらくして先生から当時の論文が送られて来ました。そして、それは今から60年近く前の振動式粘度計の理論展開と実測データについての論文でした。深田先生が30代前半で、私の生まれたころにされていた研究でした。その研究内容が、今私たちが開発した音叉振動式と全く同じ内容であった事に大変驚きました。また、60年前と30年前というめぐり合わせに運命的なものを感じています。
今まで長い時間レオメータと言えば回転式を指す時代が続いてきましたが、回転式では測定の難しい分野、例えば液体の物性変化を最小限とした粘度測定、短時間での『ずり速度』変更による粘度のヒステリシス測定、温度変化時の粘度の挙動、経時変化などの測定が必要となっています。これを実現できる新たな液体の物性測定が、新しい音叉振動式レオメータにより可能になったと考えています。このような新しい測定方法の確立が、実験結果を明確化させ、それにより新たな発明や発見に繋がることは良くあることと考えられます。
振動式粘度計の研究が、古くから日本において高いレベルで行なわれていた事も偶然に近い形で明らかとなりました。このように歴史的な背景があり、かつ世界で唯一となる日本発祥の音叉振動式レオメータが、研究分野で有効な液体の物性評価用計測機として、今後多方面で利用されることになると思っています。